『さよならをしよう』のお題からCW双子のIF小話
目を開けた時、自分はすっかり血塗れだった。
血の持ち主が誰かなど、ただの人間である自分には分からないのだが、ただ光景と状況に知らしめられていた。
自分のもの、周りで肢体をばらばらにされた人間のもの、焼け焦げた魔物のもの、そして――自分に覆い被さる弟のもの。
「……たけ、る、……?」
カラカラだ、それが一目の印象。事実、弟の怪我らしい怪我からは血は流れておらず、髪も肌もぱさぱさとしていた。触れたら途端に崩れてしまいそうな脆いモノとして、弟はただ目を閉じている。
倍以上に濃い血の臭いと、肉の燃えた生臭さは、自分が意識を失う前にはなかったはずのものだ。であれば、失った後に弟が生んだものなのだろう。そうするだけの力は、吸血鬼である弟は持ち得ていた。
ただ、吸血鬼であることが今回は弱点となってしまった。忘れ水の都で栽培されているとある花の香りを、吸血鬼が苦手としていることを、『敵』は知ってしまっていた。
そうして怯んだ隙を狙い、向けられたのは杭で。ただ、『敵』が数多かったために気付くのは遅れて――無意識だった。咄嗟に身体を投げ出して、心臓の近くを貫かれた。
弟は自らの血を持って相手を癒やす術を持っていた。つまり、そういうこと、だ。
「起きて……ね、俺、治ったよ……起き、て……」
ぱたり、とカラカラの頬に雫が落ちる。つたい滑るはずのそれは、カラカラの中にすぐに吸い込まれてしまった。そっと頭を撫でようとするも、指の震えで触れた先から髪がちぎれていく。
いつか、置いて逝くことになるのだろうと思っていた。自分は人間で、弟は吸血鬼で、どうしても除けない寿命の壁があった。弟の眷属にしてもらおうかと本気で考えて、悩んでいたくらいだ。
人間よりもずっと強靭で、傷の治りも早い。だから、逆に遺されるなど、思いもよらなかった。いや、本来は、やはり自分が遺す方だったのだ。これは、弟がそれをねじ曲げた結果。
どうしてそこまでしたんだ、と八つ当たりじみた思いは否めない。ただ、そうしてくれなければ、こうして目覚めることはできなかった。お互い様だろう、と弟に言われた気がした。
けふ、と軽く咳き込んで、顔に血が落ちる。完全に治っているはずもなく、それが弟の命ひとつ失くした結果なのだから、等価交換なんてなかったのだと遠い意識で思う。
周りには死体しかなく、本当に静かだった。だから強めの風の音がよく聞こえて、強い恐怖を覚えた。
やめて、持っていかないで。
「……え?」
濡れた瞼を瞬かせる。風に吹かれる感覚はなく、しかし少し離れた場所では木の葉が揺れ、砂が巻き上がっていた。なぜ、と見やれば、風の精霊が通らないように制御してくれていたようだった。
――ああ。
弟の下半身はすでに灰と化していて、頭すら下手に動かせばこのまま崩れるだろう。風に吹かれてどこかへ消えてしまうなんて、耐えられない。
手を伸ばせば届く距離に荷物袋があったのは幸いで、先日に本の中の不思議な塔で、空き瓶を見つけていたのも幸いだった。
することは決まった。けれど。
ほんの少し、触れるか触れないかの指を頬に伸ばす。恐る恐るながら、ごくわずかでも抵抗があることに安堵した。
これなら、涙で崩れることはない。
「もう少しだけ……お願い……」
風を止めてくれている精霊に願って、嗚咽を落とした。
さよならなど出来るはずもなく
この後は転生を待ちながら灰に話しかける日々である