小話
どうにも無防備すぎないか、とタケルは内心で息を吐いた。 ランプの光が部屋を照らす中、こっそりと視線を送る先には、兄のサトルがいる。宿のベッドに転がり、シーツに頬を押し付けて動かない。その目はうっすらと開いており、寝ているわけではないようだが。 冷たい箇所を求めてか、素足がシーツを滑っては落ち着く。すりり、とシーツの擦れる音が鳴っては止まり、しばらくしてまた音が鳴る。その度に、ベッドの上の存在へ意識が引き戻される。 タケルに言わせれば──比較対象を彼とすれば──サトルは普段から無防備な方である。もちろん立派に冒険者をしているだけあって、警戒心自体はただの一般人とは比べるべくもないが。それでも、隙があるんじゃないか、付け入られやしないかと時々、言い募りたくなる。 博愛主義者とまではいかないまでも、人並み以上にお人好しで──その彼の甘さがより多分に向かう先にいて、享受している身としては、あまり文句は言えないのかもしれないが。 「タケル、どうしたの?」 思考に耽っている内に、いつの間にかタケルの視線も遠慮のないものになっていたらしい。ベッドの上のサトルが、不思議そうな顔を向けてきていた。 いいや、と仕方なく首を振り、持つだけになっていたペンを置く。これでは魔術の研究にも身が入らないだろうとキリをつけて、サトルの隣に腰掛けた。 「いいの?」 「ああ、残りはまた明日」 「そっか、お疲れ様」 起き上がったサトルが頭を撫でてくるのを、自然と目を閉じて甘受する。その指が髪を梳いてきたところで、小さな笑い声が聞こえてきた。 何事かと目を開ければ、思った以上に近くに微笑む顔があって、どきりとする。 「なんだ?」 「いや、無防備だなぁって思って」 は、と思わず眉根が寄る。いかにも訝しむ表情を見せられても、サトルに動揺する様子はない。 「……それは、むしろ兄さんの方がだろう?」 「そう?」 「そうだ。さっきだって……」 シーツの上に放り出された素足を見る。こちらは靴を履いたままなので、余計にコントラストが目を引いてしまう。 視線に気付いた素足が、またシーツを滑った。 「そりゃまぁ、ここ俺たちしかいないし。じゃなかったら、もう少しちゃんとするよ」 「それは……そうだろうが」 「──タケルが、気になる?」 思わず視線を戻す。そこではサトルが変わらず微笑んで……否、含むものが僅かに変わっていた。それは単なる揶揄ではなく、もっと深く。 また素足が動いたが、立てる音は少しぎこちない。 「……わざと?」 図星ではあったが、珍しいことをする、と純粋な驚きもあるせいで、思わず眉根を解いてきょとんとしてしまう。 一方でサトルといえば、視線を逸らし夜着の襟に頬を隠すように首をすくめていた。その目元が赤いのは、ランプの光によるものばかりではないだろう。 恥ずかしがるには遅くないかとも思いつつ、むしろ彼らしくてつい笑ってしまう。すると抗議するような視線が向けられたが、結局観念したように伏せられた。少しくぐもった小声が、夜着の隙間から聞こえてくる。 「……少しだけ……気にしてくれたらいいなって、思ってた」 「寂しかったのか」 サトルのことだ、研究の邪魔をしてはいけないと思っていたのは間違いないのだろう。 頷く代わりに、シーツを滑っていた素足が、するりとタケルの足首に触れた。