日常の中の小話。BL感強め注意。

 快晴の下、飾り付けられたリューンの広場は人々で賑わっていた。ある催しにより、この数日間は広場が大きく開放され、好き好きに店を出すことができるのだ。  そんな中を、赤い外套を翻しながらタケルは足早に歩いていた。元来人混みを好まないタケルが、わざわざ賑わう広場に赴いたのは、宿の親父さんに頼まれたからだ。親父さんの友人が店を出しており、彼に届け物をしてほしいという頼まれ事だった。  届け終え、特に店を見て回る気もなかったタケルだが、ふと見覚えのある姿が視界の端に映り、思わず足を止めた。そこは簡易的なオープンテラスのレストランの前だった。 「……なにをしてるんだ?」 「いらっしゃいませ! ……あれっ、タケル?」  そこには兄、サトルがいた。白いシャツに黒いズボン、黒いエプロンを着け、見慣れない格好ではあったが、見間違えるはずもなかった。しかし、それはどう見ても店員の出で立ちである。 「メイとララとで、依頼を受けていたんじゃないのか?」 「うん、これがその依頼の一環というか……」  少し離れたところに、サトルと同じような格好をしたメイがいた。目が合うと彼は軽く手を上げて近付いてきたが、その表情には少し疲れが見える。 「よぉ、こんな中に来るなんて珍しいな」 「親父さんのお使いだ。もう終わった」  なるほどなと頷きながらも、メイは首元を窮屈そうに触っていた。そんな様子をサトルは苦笑して見ている。 「お料理できたわよぉ〜! どっちかお皿持ってってぇ〜!」 「ああ、今行く!」  遠くから届いたララの声に、反応したサトルを制してメイがそちらへ向かっていった。説明はサトルに任せた、といったところだろう。 「……確か、荷運びの依頼だったか。ついでに店員も頼まれたのか?」 「店員予定の子が体調不良で来られなくなっちゃってね。追加報酬も出すというから、そのまま受けたんだ」  その説明に納得する。サトルとララはお人好しなうえに社交的で、メイも開き直れば案外適応するタイプだ。  ララの姿は見えないままだが、彼は今はキッチンに入っているらしい。確かに、彼の少々特殊な趣向を反映した出で立ちは、日中より酒の出る夜の方が向いているだろう。  そんなことを考えていると、サトルがどことなくそわそわとしながら見つめてきていることに気付いた。 「どうした?」 「その……似合う、かな?」  彼の両手がエプロンを弄り、皺を伸ばす。見てほしいと言わんばかりの、無意識のアピール。 「似合いはしてるが」  素直に答えれば、よかった、と返ってきた声には安堵しつつもどこか嬉しそうな響きがあった。もしや、初めて見せる装いを褒められたかったのだろうか──他でもない、この俺に。  そう思い至ったうえで、照れ臭そうに微笑む彼の姿は、もはやただの欲目なのかもしれないが。 「……可愛いな」 「え?」  思わず漏れてしまった声に、不思議そうに首を傾げられて、いや、と誤魔化しつつ。  視線を移すと、複数の女性がこちらを見ていたことに気付いた。単なる客か、同じ顔が並ぶ物珍しさへの興味かは分からないが、どちらにせよこれ以上店員であるサトルを拘束するわけにもいかないだろう。 「あれ、客じゃないのか」 「あっ、そうだね。行ってくるよ」  またね、と言い残して向かう背を見送り、少し離れた場所からしばらく様子を見る。口下手の気があるメイには少々辿々しさがあるが、サトルは冒険者とは思えないほど馴染んでいるようだ。もとより、二人とも(自分と同じ顔をしているサトルに対して言うのもなんだが、客観的事実として)顔立ちは整っているので、対応が多少どうだったとしても女性客の受けは良いのだろう。実際、客層は女性の方がかなり多いようだった。  ララの料理の腕は間違いがないし、依頼主にとっては不幸中の幸いといったところだろう。  ──ふと、もし冒険者でなかったなら、サトルにはこういった道もあったのだろうかと、楽しそうに客とやり取りする彼を見て思う。 (いや、ないだろうな)  すぐに撤回したのは、自分自身がその道を選びそうになかったからだ。俺が選ばない道はサトルも選ばないし、彼が選ばない道は俺も選ばない。そうして残った道のうちの一つが、冒険者だった。  こんな一時の体験でも、サトルが楽しそうならそれで十分だ。最後にはここに戻ってくる確信があるからこそ、そんなふうに思えるのだ。  このレストランは夕食時まで開くようだ。彼ら自身の夕食はどうするのだろうか、賄いが出る可能性もあるが定かでない。場合によっては、夜食が必要になるのかもしれない。  また尋ねるにも、いつの間にか客が増えていて忙しそうであるし、営業が終わる頃にもう一度来てみることにしよう。  そう結論付けて、タケルは宿へ戻っていった。サトルの珍しい姿も見られて、普段は好まない場所もたまには悪くないなどと思いながら。

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