これまた日常の中の。高BL度数注意。
依頼からの帰り道、花屋を見かけた折にふと、サトルへ花を買っていこうと思った。 なんらかの記念日ということでもなければ、店先に飾られた花々は美しくも特別感動したわけでもない。吸血鬼である俺にとって、花は精気の元ではあるが、それ以上のものではない。なにより、サトルは樹術により自ら花を生み出せる。 だから、これはただの気まぐれだった。店主は穏やかな老婦人で、黙って花を選んでいる間に余計な口出しをしてくることもない。店内は好もしい雰囲気を保っており、落ち着いて散策できた。もちろんなにかしら尋ねれば答えてくれるだろうが、なにせ気まぐれなので、尋ねるべきことも特に浮かばなかった。 ふいに赤い薔薇が目に入る。精気を最も効率良く摂取できる花種で、ゆえに俺を回復させる目的でサトルが生み出すことも多い花だ。 ──彼が差し出すばかりの花を、逆に差し出されたら、どんな顔をするのだろうか。 そんな考えが過ぎり、気付けば薔薇を前に、店主を呼んでいた。 日も暮れ、戻った宿の一階では数名がたむろしていた。その中に混じって、サトルは宿の店員と話していたが、俺に気付くなり切り上げて寄ってきた。 しかし薔薇の花束に気付いた途端、驚きと戸惑いの表情が浮かぶ。もう少し場所を選びたかった気もするが、このままでは妙な誤解を与えかねないため、さっさと手渡すことにした。 「え……と、なにかあったっけ?」 受け取りながらも呆気にとられる彼の反応は、あまり面白いものでもなく。少々当てが外れた心地になりつつ、いや、と一瞬言葉を濁す。 「……なんとなく、渡したいと思っただけだ」 『どんな顔をするのかと思って』とまで言うのは押し付けがましい気がして、花屋に寄った方の理由を告げた。嘘ではないのだ。 するとサトルの瞳が大きく見開かれ、やがてじわじわとその頰が染まっていく。そう、と呟いたと思うと、その目元がふんわりと細まり、そっと花束を抱き寄せた。花束に隠れた口元から、薔薇の隙間を縫って喜びが吹き込んでくるようで、こちらの頬まで熱くさせられそうだ。 先程はどうやら、単純に驚きが大きかったようだ。一度安堵すると、一気に照れが押し寄せてくる。 「兄さんは自分で出せるから、要らないかもしれないが」 「ううん。すごくうれしい、ありがとう」 つい口走った照れ隠しに、返ってくる言葉がひどく甘い。花の擦れる音が優しく、大事そうに抱えるので、こちらまで大事にされる心地がする。 そんなことを思ったところで、ふと気付く。薔薇を渡したのは、サトルにとって"俺"を象徴する花だと思ったからなのかもしれない。そんな花を抱く姿を、喜ぶ姿を確かめたかったのかもしれない。 そして、薔薇であることの意味は、それだけではなく。 「まぁ、11本なんですね」 店員のそんな言葉が聞こえてきて、はっとする。そう、薔薇の本数を考える時に、店主から本数の意味を聞かされたのだ。その上でこの本数を選んだ──その意味を、サトルは知っているのだろうか、気付くのだろうか。 確かめるべきか迷ったその一瞬に、ふいにサトルが覗き込むように近付いてきて、間近で視線が交差したと思うと。 胸に触れて音を立てる花束、そして唇にやわらかな感触。 「──俺も、愛してる」 そう、"最愛"に耳元で囁かれたのだった。