『さよならをしよう』の後、なにやら冒険者がいらっしゃった
「たのもー!」
「はい……ええと、どちら様ですか?」
その時、微笑みを浮かべるばかりのサトルの表情が、珍しく驚愕で崩れていた。
「えーこちらにですね、冒険者の方がいるってお聞きして」
「だったらちょっと手合わせしてくれよってことで」
ねー。そっくりな顔をした双子の冒険者が、そっくりな表情で言う。
そもそも彼らがここにいるのは、外界にいるお蝶さんの恋人からの手紙を届けにきたためであり、ケンカをしにきたわけではないはずだ。……そのはずであり、元々は彼らもそのつもりはなかったのだ。
ただ、双子の冒険者と聞いたお蝶さんがなぜかサトルを紹介し、その結果やってきたのだという。偶然にお邪魔していた俺が、あの人は何を考えてるんだ、と思わず零すと、サトルは苦笑を浮かべた。
「それで、サトルさんってどちらに?」
「もしかしてあんた?」
俺を指されて慌てて首を振る。それはこっちだ、と隣の彼を示そうとして、そんな物騒な理由でやって来たやつに素直に紹介していいものか、と思い立ち手が止まる。
そんな俺を知ってか知らずか、サトルはやっぱり苦笑したままで口を開いた。
「こちらは***さん。サトルは私ですよ」
「……え、まじで?」
「強いってあの人は言ってたんですけど……」
口調は丁寧だが正直に無礼なやつだな、と思わず眉を顰めた俺の隣で、サトルは単純に困ったように眉尻を下げた。
「買いかぶられたんでしょうね。確かに、元冒険者ではありましたけど……あなた達を満足させられる程では」
「それはやってみないと分からないし」
「え?」
二人揃ってぱちくり瞬く。双子としては失望して、サトルとしては断るつもりだったろうに、どうしてそうなるのか。
口調が荒っぽい方がにっと笑い、それに丁寧な方が頷く。なるほど迷惑なことに、二人揃って戦闘狂らしい。
「お前らなあ……」
「じゃあ、やってみますか?」
「は?」
ちょっと咎めてやろうとしたところで、また予想外な言葉が今度は隣から飛んできた。見れば、サトルは困ったようなのはそのままに微笑んでいるばかりで、真意は見えない。というより、理解できないだけか。
困惑は察されたようで、今度は苦笑をこちらへ向けてきた。
「俺、精霊使いで。最近あんまりのんびりしているから、いい加減鈍るって怒られてたんです」
「はあ……まああんたがそう言うなら良いんだろうけど」
「大丈夫ですよ、手加減してくれそうですし」
ですよね? とサトルが双子に聞けば、たぶん? と返ってくる。なんだその不安しかない返答は。
誰か止めてくれれば、と願うも人はおらず。双子もサトルも互いに準備を始めてしまって、止めようと延ばした手は額を抑えるに返ってきた。
仕方なく、縁側に座ってため息を吐いていると、髪を結んだサトルが出てきた。確かに、あの長い髪は邪魔になるだろう。
羽織っていた赤いマントを脱いで、懐から取り出した何か……おそらく小瓶……を包んでは俺の隣に置いた。
「これ、汚れないよう見ていてください。お願いします」
まっすぐ見つめられながらのお願いは、有無を言わさない妙な迫力がある。反射的に頷くと、サトルはほっとしたようだった。
それほど大事なものなのだろうか、とマントに手を伸ばしそうになるが、果たして触れてよいものかすら分からない。
ちらちら、と結局何度か見ていた内に、喧嘩もとい仕合は始まったようだった。
正直、大丈夫だろうかとひたすら心配していた。もしも怪我をすることがあれば、それは止められなかった俺の責任だ。世話を任された身として、どうお蝶さんに言えば良いのか……いや、そもそもこの双子にサトルを紹介したのはお蝶さんだった。どうしてくれるんだ。
そんなこんなの不安も憤りも、仕合が始まって早い段階で払拭されたのだった。
相手の獲物は短剣二刀流、間合いは狭いとはいえその分俊敏で、実際扱う肉体もしっかりと鍛えられていた。しかし、素早いそれが当たらない。
短剣が届くかと思えば、着物を纏っているとは思えないような動きで躱し、毛の一本も掠めない。
最低限の動きで躱す、とは良く言われるものの、できるかどうかはまったくの別問題だ。
片やサトルの獲物は、意外なことに銃だった。透き通るような青の銃身が時折日光に煌めきながら、相手の髪を、服を、掠めていく。
避けているようで避けきれていない、そのことに、相手は焦っているようだった。
仕合が動いたのは、しばらく打ち合った後の一瞬のこと。相手の手がサトルを捉えて、地面に押し倒したのだ。
浮かぶのは勝者の確信、短剣が喉元へ向かう。思わず声を上げてしまったのは、手を伸ばしてしまったのは、俺が素人だからなのか。
しかし、その焦りが払拭されるのも早かった。
「よし、俺の勝……え、」
短剣が喉元でぴたりと止まる。それは自ずと止めたのではなく、止められていた。間に割入った銃身によって。
「ほら、後ろ」
青い銃と地面に挟まれた場所で、サトルがくすりと笑う。言われて慌てて振り返る、その頭を颱公の大きな手がむんずと捕まえた。
痛い! と叫び声が上がるがお構いなしらしい、力が弱まるどころか風精の射手の鏃まで突きつけられて、優勢を確信していたはずの者は観念した。
「た、多勢に無勢っ……無念なり」
「手数の多さは精霊使いの利点の一つなので……」
短剣を止めたのは間違いなく己だろうに。精霊のおかげのように言いながら、サトルは微笑んで着物の上に赤いマントを纏った。
――騒がしい双子が帰った後のこと。実は、とおどけたように、サトルはこっそりと教えてくれた。
「ちょっとだけずるをしたんですよ」
「は、ズル?」
「これはね、持ち主を守ってくれるんです。怪我をしたら、貴方が気に病むでしょう?」
そう言ってサトルが手のひらに乗せて見せてくれたのは、ふたつの赤い宝石が着いたリング。首から下げているのは知っていたが、そんな効果があったとは。
ふたつということは、ひとつは誰かの持ち物だったのだろう。それをサトルが持っているということからして、大事な人と分けあっていたものだと推測するのは容易かった。
「……あんたは、」
俺らしくもなく、つい聞いてしまおうとしたところで、口を噤む。彼があまりに愛しそうに、寂しげにふたつの指輪を見つめているものだから、思わずどきりとしてしまったのだ。
推測はほとんど確信になったものだが、であればこそ、聞くべきではないのだろう。
「は、あー、えーと確かに強かったんだな。正直驚いた」
言いかけた言葉は聞こえていたようで、いつもの表情で首を傾げられたから慌てて繕ったものの、サトルは特に疑問には思わなかったらしい。
代わりに、呟かれた言葉に今度は俺が首を傾げる番だった。
「――竜殺し」
「へ?」
ぽかんとして、その言葉の意味するとこをに合点がいくと、次は目を見開かざるを得なかった。
「俺のいたパーティはそう呼ばれてました。六人でしたけどね」
内緒ですよ、と人差し指を立てながら微笑みを見せられても、反射的に頷くことしかできない。
サトルが、嘘の武勇を振るって自慢するような人でないことは、これまでを見ていてよく分かっているため、それはつまり事実であったということだ。竜殺しとは、口伝か文献か、いずれにせよ後世に語り継がれてもおかしくない偉業である。
「……人は見かけによらないっつーけどな……」
「それくらいが丁度良いんですよ」
「そういうもんか……? まああんた、有名になってちやほやされたいとかそういう感じなさそうだし」
「誰かを、助けたかっただけ……でも……――」
俯いて、言葉が途切れる。というより、あまりに小声で聞き取れなかったのだが、聞き返すほど無神経にもなれなかった。
「タケルには助けられてしまった」