種族:精霊の子を作ったのでそのお迎え話。あらゆる物事や特に森の賢者クーポンに対してご都合的俺得独自解釈。既存シナリオのリプレイではありません。

 オオオ……

 森の唸りが木々を揺らす。連れた精霊曰く、この森は荒れ、枯れかけているのだという。
 奥から届くこの唸りは、依頼人が言うような魔物のものではなく、この森の中核となる精霊のものだ。
 精霊を従える身にその狂気は手に取るかのようで、サトルは眉根を寄せた。

 ――発展を目指す町からの、よくある魔物討伐依頼だった。
 近隣と交易を押し進めるにあたって、途中の小さな森を切り開こうとしたところ、魔物に邪魔をされて思うように進展せず、負傷者も出たという。自警団こそ持ってはいたが、交易を競う別の町との諍いに駆り出されており、森の開通に人員を避けずにいるという。
 余裕のない……だからこそその開発は無茶なものとなっているであろうことは、聞くまでもなかったとはいえ。万が一エルフが隠れ住んでいたなら、小さな戦争にもなっていただろうほどの。

 精霊術師であり、体内に植物を宿しているサトルに思うところがないはずもない。
 それでも依頼を受けたのは、冒険者として依頼を容易に反故にはできないと言うことと、もうひとつ。

「……もう、根から穢れてしまっている」

 普段は黒い、森の新緑に輝かせた目をそっと伏せる。地へ伸ばした根が身体へ戻る感覚が終わる頃、サトルは空を見上げた。
 木々に精彩がない。ここまで討伐してきたエントもウィードも、どこか動きが鈍いものばかりだ。
 竜殺しであるサトルのパーティを、パーティごと雇う金が町になかったからこそ、少数精鋭の極みとばかりにサトルが一人で雇われたものの――実際まったくの無傷で奥を目指せるほどにどの魔物も弱っていた。
 障気ならば魔物は活性化するが、逆に弱っているとなると。
「……うん。心配だね。早く行かないと」
 森の奥を心配げに見つめる水精に返しつつ、馴染んだ得物を手に狂気の雄叫びの元へと駆け出した。

 森とはいえあまり大きいものでもなく、十数分程度で辿り着いたのは、一本の大木だった。見上げる先の梢は空に網目を施し、枝葉の密度といえば日光をなかなか通さぬほど。
 場所が場所なら神木とでも奉られていそうな大樹。依頼人から聞かされてはいたが、いざ目にすると圧倒されるものだ。
 であるからこそ、この大樹の根は森全体に届くのだろう、という推察を裏付ける。それはつまり、この森の異常の中心がこの木であるということ。
 森の唸りがびりりと身体まで揺らす。
 ――果たして、『無茶な開発』だけでここまで狂わせるものだろうか。
 思考を巡らした、その時。ざわりと大樹が震えたと思うと、四肢に衝撃が走った。
「……ん、……大丈夫だよ」
 慌てる水精に笑ってみせる。四肢を捕らえた蔦は思ったよりも強い力で締め付けてくるが、これに意識は介在しているのだろうか。
 思うやいなやドッ…と胸に蔦が刺さり、サトルは新緑の目を見開いた。それは驚愕でも痛みによるものでもない。
「ゼファー!」
 呼び掛けた風精の颱公が右手の蔦を断ち切り、すぐさま自由になった右手の聖銃で木を撃ち抜いた。とたん、大樹は震え、撃ち抜かれた箇所からなにかがまろび出る。
 幽霊めいた形相の、狂った精霊だった。

 ――狙いどおりではあったけれど、さて。
 蔦は微細な刺で捕らえた獲物の養分を吸っているようだった。人間の核である心の臓を狙うものが本体に近い蔦だろうと踏んで、あえて差し出すことで逆探知のようなことが出来たのは良かったが。
「元々は被害者、を一方的に滅ぼすのはちょっと、ね。あの子は討伐対象に入っていないし……」
 そもそも依頼者は精霊が原因とは気付いていないようだったが。ともあれ胸の蔦から逆に養分を吸ってやると、纏わりついた蔦は枯れ果て自由になった。毒のような狂気も吸ってしまって、少しだけ吐き気を催すがこの程度ならすぐに治るだろう。
 原因を探してみてはどうかと、毒を癒してくれながら水精が問う。
「うん。そうだね、探してみようか。手伝ってくれる?」
 精霊たちが頷くのを待って、狂った精霊の方へ駆ければ、蔦と鋭利な草葉が襲ってくる。風精の颱公と射手と、時折自らの銃でそれらを撃ち落としていきながら、やがて大樹へたどり着く。
「ごめんね、ちょっと大人しくしていて」
“……!?”
 植物の操作はこの狂える精霊だけの専売特許ではない。お返しのように蔦で精霊を捕らえて……サトルは眉をひそめた。
「この木、いやこの子、この森全体から精気を吸いとってる。しかも際限がないね。だから魔物も弱っていたのか……捕まえるだけだと破裂しちゃうな」
 捕らえたことで攻撃が収まり、戻ってきた風精たちへ視線を向ける。射手は心得たと、颱公はしぶしぶとばかりに頷き、大樹での原因の捜索を始めた。
 こちらは、と水精へ向けば、彼女も頷いて狂う精霊へ触れた。
 『循環』させるならば水精が最も適している。彼女が浄化しながら地へ精気を返していれば、森中の精気を身に溜め込んでしまうこともないだろう。
 さて、とサトルも大樹へ触れて、目を閉じじっと己を根付かせる。
 これが魔力によるものだったなら、魔力探知はそれこそ同行していない弟の専売特許だったのだけれど、いないものねだりしても仕様がない。
「――あった」
 ぽつりと呟いて新緑の眼を開く頃、風精たちがなにかを手に戻ってくる。さすが、と褒めれば颱公だけがそっぽを向いた。
 それは一見、ただのぼろぼろの布だった。謎めいた文様さえ隅になければ、ゴミだと思われても仕方のないほどの。
 サトルは再び目を閉じ、今度は大樹へ体を寄せてさらに根付く。やがて、ぐぐぐ、と太い根が土を盛り上げて地中から現れた。
 ふう、と息を吐く。これほどの大樹の根を操るのはさすがに骨が折れた。
 現れたのは根……だけではなく、目的はその先にある。
 それは小箱だった。風精たちが興味深げに近付こうとするのをすぐに制する。
「待って、近付かないで。きっとそれが原因だから」
 聞き分け良く少し離れた精霊たちを横目に、小箱へ近付く。それは金属らしい光沢を持ち、蓋がわずかに開いていた。
 中のものが見えかけた時、サトルは第六感にも似た直感でもって、視線を無理やり逸らした。

 ――あれは、見ては、開けてはならないものだ。

 おそらく小箱はぼろ布の主のものだろう。呪いが強烈すぎて、いっそ呪いそのものを閉じ込めたと言っても過言ではなさそうな。本来なら僧侶でもないいち冒険者が安易に触れていいものではなく、すぐに教会に預けるべき代物だ。
 ぼろ布の主は、なにかしらの理由でこの大樹の下にこの強烈な呪いごと埋められたのだ。時が経つにつれ蓋を開けた呪いが、この大樹と精霊ひいては森全体を蝕んだ。
 呪いを解除するでもなく埋めるだけだなんて、性悪な、と埋めた誰かへ内心悪態をつきつつ。
 さらに探せば持ち主の骨の一本でも見つかるかもしれないが、そんなことより、この呪いをどうにか収めないことには事態の収集が望めないことは明白だ。なんなら今この場にいる精霊たちや、サトル自身にも悪影響を及ぼすだろう。土精を連れていなかったのは幸いだった。
「……やるしかないか」
 荷物袋からできるだけ密閉度の高く、かつ中に入れたものが絶対ずれないような袋と紐を引っ張り出す。
 首から下げた指輪を服の上から握り、知らず緊張にこわばっていた呼吸を整えた。
 サトルの気質だけなら呪いには有利な方なのだが、体内に植物を飼っている身では呪いに侵された植物の影響の方がどうしても色濃く出てしまう。
 だから、蓋を閉めるだけでも一苦労だった。
 気休めだとは思いつつも、ロザリオや解呪の杖(いくら【解呪】の杖でもこのレベルの呪いには太刀打ちできない)も縛り付けながら小箱をどうにか荷物袋にしまうことができた。

 これで状況の悪化こそ防いだが、まだ残る問題がある。
 大樹の精霊は蔦の中でしばらく暴れていたものの、今はぐったりと痛々しい様で水精に支えられていた。
 大樹の呪いがすべて浄化されるには何年もかかることは見て取れて、それほど経つ前に森ごと切り開かれてしまうことだろう。
 放置すれば、この精霊には消滅の未来しかない。
「…………タケルに後で怒られるかもしれないけど、ね」
 意図を察したらしい精霊たちが不安げな視線を投げてくるのに、苦笑で返す。
 放っておけないし、どうにかする方法を見つけてしまったので。

 大樹の精霊に触れて、探る。狂気と呪いに侵されていない部分はあまり残されておらず、水精の浄化をもってしても回復は遅い。それ以上に強力な解呪の術もない。
 ならば、侵された部分を精霊から切り離してしまうしかあるまい。
 水精が少しでもと浄化し続けてくれているが、彼女は精霊の体を傷つけることはできないし、風精に攻撃させるわけにもいかない。そしてサトルが張る根は霊的および精霊的な純粋なエネルギーを源とするから、都合も良ければこれしかない。
 よし、と気合を入れると、枝草花で構成した【異形の翼】を拡げて地面へ突き刺した。少しでも呪いが分散しますように。
 侵された部分を精霊から取り除いて、不味いものを咀嚼するようにゆっくりと、己の体を介して地面へ返す。大樹ごとならともかく、この精霊自身に溜め込んだ呪いの量程度なら、侵された森には微々たるものだろうと踏んで。
 ……これを地面に埋めた性悪と同じことをしているんだろう、と息苦しさと共に自嘲しながら。



 結論から言えば、弟にはめちゃくちゃ叱られた。
 無論件の小箱は聖北教会に押し付け済みである。案の定教会を騒然とさせたが、騒ぎになったのは教会に限った話でもない。
「呪いを溜め込んで廃人か狂人かSANゼロにでもなるつもりだったのか? 本当にその場で処置を急がなければならなかったのか?? そこまでサトルがやる必要があったのか??? その結果帰ってきた途端土毛色の顔でぶっ倒れられた時の俺の気持ちは想像できなかったのか????」
「はい……その……あの…………ごめんなさい……」
 普段は黒いタケルの目が、吸血鬼たる証の血色に輝いているのを見るに、いや見なくとも相当なご立腹である。
 アホ毛と一緒に頭を垂れるサトルに、はぁー……と重い溜息を落とすタケルを、他のパーティメンバーは苦笑や呆れ、同情と各々の表情で見守っていた。なお、思うところはタケルと同様であったものの、すべて代弁されたので黙っているだけのことである。
 ちなみに、どうせ止めても止まらないからと止めなかった精霊たちも一緒に怒られた。
 そして正座させられたサトルの、その隣にお座りした小さな影。

「あう……その……えっと…………モミのせいで……ごめんなさい……」

 似た仕草でぺしょ、と頭を垂れるのは、今日までこの宿では見かけたことのなかった幼子だ。それも当然、サトルが連れ帰ってきたからである。
 褐色の肌に、頭髪の代わりに頭を覆うのは瑞々しい葉。人間なら耳がついている場所には枝花が生え、一見して人外であるとわかる姿。印象としてはドリアードが近いだろうか。
 まるでごめん寝のような姿には、さすがの吸血鬼も牙を引っ込めた。
「お前が頼んだわけじゃないだろう。俺が怒っているのは、この馬鹿の無茶に対してだからな。……モミ、だったか」
「はい! 実質生まれ変わりなので、お名前つけてもらいました!」
 よいこの返事とお手々を上げる幼子は、そう、呪いで狂っていた大樹の精霊だ。
 サトルが呪われた部位を取り除いた結果、精霊は正気を取り戻したもののすっかり縮んでしまっていた。ついでに大樹との繋がりも消えかけたので、大慌てでサトルと主従契約を結ぶ羽目になったのだが。
 ともあれ依頼自体は無事に終わり、森の開発も急ピッチで進めるということで、精霊――モミをそのまま置いていけるはずもなかった。
「お前さんの憤りは分からんでもないが、部屋でやってくれんかね。それと、ほれ」
「親父さん、それは?」
「聖北教会からだ。件の小箱のことじゃないのか?」
 教会らしいシンプルな白い封筒だが、触れれば箔押しの上等なものだと分かる。親父さんの頭に反射した光が、封筒の繊細な模様を表した。
 当事者ということで正座の解除を許されたサトルが受け取り、開くことには。

 件の小箱は、見立て通り強力な呪いを封じていたものであったこと。
 その正体は、死産した赤子の一部とへその緒を詰めたもの。
 ぼろ布の文様から、小箱の主はおそらく別所から持ち込まれた新興宗教の信者であっただろうこと。こちらはもう少し調査を進めるようだ。
 その他、賢者の塔も交えて緊急で調査した内容。緊急のわりに解析が早いのは、このリューンにまで持ち込まれていないかを危惧したためだろう。

 ……二つ目は伏せつつ、その場のものに伝えれば、分かっていたように肩を竦めた者、興味深そうに聞く者、得体が多少知れて安堵する者と様々な反応が返ってきた。
「あれ? もう一枚あった。これは、精霊宮かな」
「えぇ……確かにうちはどこにとってもお得意さんだが……聖北教会からの手紙に全部まとめちまうのはさすがに雑すぎねぇか?」
「そのうち盗賊ギルドも混ざってきたりして」
「やめてさすがに考えたくない」
 仲間の言葉に苦笑しつつ、残りの一枚を検める。
「君について調べさせてほしいって」
「モミをですか?」
 暗闇でも光りそうな、大きな湖面の目が瞬く。拒否を覚えるというより、単純によく分かっていないだけなのか。
「あれだけの呪いに晒されていたから、今の君が健常かちゃんと確認したいんだって。たぶん、単純な興味もあるだろうけど……」
 変人揃いといえば賢者の塔が有名だが、精霊宮もあれで似たようなものだ。精霊に関しては子供にも似た好奇心や探究心を発揮する者が多く所属している。リューンという街の気質か、比較的良心的な者が多いのが幸いだろうか。
 とはいえ、それがいくら純粋だろうと好奇心で調べられて良い気がするかどうかは精霊次第だ。だからサトルはモミの意思を尊重したかった。
 ふむう、と大きな頭を傾げてから、やがてモミは頷いた。
「いいですよ! せいれい、きゅーだから精霊いっぱいいるんですよね? モミも気になります!」
「そっか。そういうことなら後でお邪魔しようね」
「はぁい!」
 あの狂気に塗れた表情とは似ても似つかない、おひさまのような笑顔がそこに花開いて、サトルは嬉しそうに微笑んだ。


「なまじ丸く収まった分、またやるんじゃねぇか、あれ」
「いえ、あんなアーティファクトがごろごろしているのも嫌ですけれど……」
「あら~……タケルの表情がなんとも険しく……」
「あー触っちゃダメだよ。巻き込まれたくないでしょ」

森の賢者クーポン超好き。
なお独自解釈しまくっている模様。
小箱はあれです、コト○バコみたいな何か。

クーポン
【森の賢者】『白亜の城』jim様
スキル
【水精召喚】『碧海の都アレトゥーザ』Mart様
【颱公召喚】『風繰り嶺』Mart様
【風精の射手】『風たちがもたらすもの』Y2つ様
【異形の翼】『堕落跡地』uta様

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