鍵どこ後。ロストしてしまった探索者に思いを馳せる……に、+α

 寝静まっただろう夜、割り当てられた部屋で、じっと膝を抱える。
 あらゆる『白』から離れて、白いシーツすら避けて、何もないフローリングで座り込む。
 糸くずを見つけては息を飲んで、必死で声を殺して、逃げて。ようやく見つけた何もないところで落ち着いた後には、おかしくなってしまったのか、と続いていた恐怖を自覚して息を吐いた。
 適温に設定された部屋の中でも、真夜中のフローリングは冷たかった。それは、あの時の――地下の冷気を思い出しても、それでも、偽りのぬくもりよりはマシだった。
 言ってしまえば、あの時の自分は確かにおかしかった。うまく考えられなくて、偽りの母を信じてしまうほどいとけなくて、抗えなくて。
 彼も、そうだったのだろう。そしていなくなってしまったのだ。
 自分の意識が、奪われなければ。偽りの母を信じることなければ、もしかしたら、彼を止められたかもしれなかった。自分が救われたのはきっと奇跡だったかもしれない、それでも、賭けることすら、迷うことすらできなかった。
 理解の範疇を超えたものは何度も見てきたけれど、今までは、身近に関わった人は、皆無事に日常へ戻った。無傷ではなくとも、他に犠牲があっても、生きてさえいればいずれ癒える傷だった。

 でも、彼は、もういない。
 もういない。
 ――『還って』しまったから。

 眼鏡のない視界は思った以上にぼんやりとしていて、眼前の膝すら滲んでいた。視力落ちたかな、と内心ぼやくと同時に、裸の目を膝に押し付けた。
 明日はきっと、今回のことを説明されて、報酬をもらって、そして帰されるのだろう。
 ずっと、日常に帰りたかった。たとえ誰がいなくなっても、約束した彼女を待つために、生きて帰りたいのは確かだった、はずだ。
 それでも……好いた人とくらいは、一緒に帰りたかった。それが正常な思考を奪われた一時のものでも、彼こそ思考を奪われていて異常であったとしても、あの時の自分は、確かに彼を好いていたのだから。
 これほど、人を恨んだのは初めてかもしれない。八つ当たりだとは分かっている。それでも、理解のできないものや、命の恩人である彼女に恨みは向けられなくて。自分に怒りをむけるほど、できた人間でもなくて。
 だから、発端を恨むしかなかった。もう、関わりたくなかった。発端に悪意は無かったと、分かってはいても。

 「……『帰り』、たかったんだ。あんたも一緒に」

 もう言うこともない、伝わらない。
 熱い吐息と共に、湿る言葉を吐き出した。






 ――ブブ、とバイブ音がした。
 膝を抱えたまま、硬いフローリングの上で、浅い眠りに就こうとした時だった。
 一瞬苛立たしく思うも、よくよく聞いてみれば、そのバイブ音の規則性はただ一人だけに設定したもので。
 思わず膝から顔を上げ、荷物を漁って確認すれば、メールが一件。
 そこには、文字化けしていない、しっかりとしたフォントで。

 『近いうちに会いにいきますね、先輩』

 「近いうちって、いつ、なんだよ……飛鳥」
 恨み言を吐いて、表情が歪む。
 視界はごまかせないほどぼろぼろで、それでも、口端はへたくそに弧を描いていた。

「好き」≠恋愛だけど、好意はあった。玖珂さん……
最後は飛鳥ちゃんの中の人がメールをくれるというので(文面も勝手に借りて)そっと追加した、など。